何処へ行ってもペットボトルの水を?

//何処へ行ってもペットボトルの水を?

何処へ行ってもペットボトルの水を?

水道水が飲めない?どこへ行ってもペットボトルの水を求める米国の環境、水道水=お腹を壊す…いつからこの様になってしまったのか。水脈が汚染され続けている証であろうか。ペットボトルの処理にも膨大な費用がかかるであろう。飲み水がペットボトル、これが当たり前になっている地を客観視すると他人事ではない。(有料で買うしかない飲み水)。日本ではリサイクルとゴミの分別は徹底した収集方法で各家庭でも行っている。米国では道端に各家庭の為に大きなゴミ収集箱が置かれ、地域によってはそこに缶や瓶等の様々なゴミが一緒に捨てられる。早朝に清掃車が収集箱を空にして行く。ちょっとした手間で分別は出来るものだ。地下水の汚染も一人ひとりの意識で環境も変えられる。多民族が一緒になり米国となったが、環境問題の取り組みも一緒になって享受する訳にはいかないのであろうか。人間教育も然り、自然の恵みに感謝すべき心得をしたいものだ。

小さな島国でも意識は一丸となり、工夫を重ね環境問題に取り組み、分別が可能になった。水道水が飲める日本、空気・水・緑、四季折々の環境は先人達の知恵で守られてきた。水は命に直結している。この知恵を活かし足元の環境を大切にしたいものだと思う。隣国から水の資源を奪うビジネスが横行し始めた。他人の物は自分の物、その思考回路を絶たねばならない。何故なら、我欲思考が環境破壊の根源であるからです。

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2018-07-12T02:18:34+00:00 7月 12th, 2018|