次世代を引き継ぐ逞しき若人‼ 貴重な被災地体験発表

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次世代を引き継ぐ逞しき若人‼ 貴重な被災地体験発表

聖隷クリストファー大学看護学部4年 伊藤美紀子さんの体験発表

「東日本大震災被災地支援活動参加者」体験発表
                      &ミネハハ『ありがとう地球』コンサート」

平成30年9月24日(月)  富士市交流プラザにて

皆さんこんにちは。初めまして。私は、伊藤美紀子と申します。
私は今、看護の大学に通っている4年生で、将来は看護師を目指しています。今年の7月に約1年間にわたる実習を終え、内定もいただきました。来年の2月には看護師の国家試験があるため、現在は試験対策の勉強をしています。今日このような場で、3度参加させていただいた東日本大震災.被災地支援活動の体験発表や私自身のことについて発表させていただけることに感謝いたします。私が、この被災地支援活動に参加したきっかけは、「東北の被災地に行って、ボランティアをしてみないか?行けば人生が変わって、物事の考え方が変わるきっかけになると思うよ。」とお誘いを受けたことです。誘ってくれたのは、私の高校生の時の恩師である柿島先生です。

柿島先生は、直接担任の先生になったことはありませんでしたが、数学の授業の時の先生で、いつも分かりやすく丁寧に、授業をしてくださいました。柿島先生が熱心に教えてくださったおかげで、それまで苦手だった数学が徐々に好きになっていったのを今でも覚えています。また、先生は、数学のみならず道徳の心も私たち生徒に教えてくださいました。勉強をして知識を付けることももちろん大切ですが、人としてどう生きるべきなのか、日々何気なく生きているこの毎日は、決して当たり前のことではないから、すべてのものに感謝しながら生きなければいけないということなど、普段、普通に生きていたらつい忘れてしまいがちなことを沢山教えてくださいました。授業の最初のほうにいつも話してくれるその時間がとても印象深く、生きる上で大切にしなければいけないことを沢山学ぶことができました。また、先生は、いつも朝私が登校すると、学校内の掃除をしており、いつも満面の笑みで「おはよう。今日も元気かな。一日頑張ろうね!そういえば試合お疲れ様。」などと声を掛けてくれたのがとても印象に残っています。先生は、いつも挨拶だけでなく一人一人の生徒に合わせた言葉を加えて言って下さるので、その度にとても嬉しい気持ちになったのを今でも覚えています。

そんな私の尊敬する先生から被災地活動に誘っていただいたとき、今までの私は、部活動や勉強など、今目の前にあることに必死で、なかなか人のために尽力するということがありませんでした。そのため、今こそボランティアを通して、誰かのために活動することで、貴重な経験ができると思い、友人と参加することに決めました。実際に参加した被災地支援活動は、先生がおっしゃっていた通り、今後の私の人生を変えてくれる経験となりました。
最初に私が被災地に行ったときは、震災から3年半が経とうとしている時で、2回目は、丁度4年が経ったとき、3回目は、四年半が経とうとしている時でした。訪問した宮城県石巻市は、私が行った時には、ある程度、がれきの撤去などは行われており、3回目の参加の時には、震災で被害を受けた様々な建物がリニューアルされてきたりと、徐々に東北に活気が戻ってきているのを感じました。しかし、まだ道端にはごみが散乱していたり、今まで住宅街だったところが、更地へと化していたりと、震災の爪痕を痛感させられるようなところも多々ありました。

被災地での主な活動内容は、仮設住宅での入居者のお話の傾聴や、キッチン・トイレの清掃、宿泊させていたただいた民宿周辺のゴミ拾い、ホタテの殻刺し作業の体験、震災で最も被害が大きく、犠牲者も多くいた学校である大川小学校への訪問と、2泊3日の中で、様々な活動をしました。仮設住宅は、今まで別々に住んでいた人が隣同士で生活することになったことで、ストレスを感じているという声を聴いたり、集会場のキッチンは大勢の人が使っているため、予想以上に汚れていたりと、被災地での現状も知りました。

私は、この被災地支援活動に参加して、そして大川小学校の慰霊碑に刻まれている多くの犠牲者の名前を見て、今当たり前のように感じている何気ない毎日、時間、そして命は、決して当たり前ではなく、この震災で生きることを途絶されてしまった人が生きたかった毎日であると強く思いました。犠牲者だけでなく、今でも仮設住宅での暮らしや、他の町への引っ越しを余儀なくされて、大変な思いで毎日懸命に生きている方も大勢いらっしゃると思います。私は、そんな方々のお役に立てることは本当に少ないかもしれません。しかし今回被災地支援活動に参加して、少しでも被災者の方々のお役に立つことができていたなら、こんなに嬉しいことはないと思います。また、被災者の方々は、私が思っていたよりもずっと、強く前を向いて生きていらっしゃいました。「わざわざ遠くから来てくれてありがとう。」と笑顔を見せてくれたり、仮設住宅に訪問した際に手作りのキーホルダーをくださたりした方もいました。東北の方々の温かさを強く感じるとともに私のほうが元気やパワーをもらいました。

そのような被災地の方々に対して今後できることは、実際に被災地に足を運んでボランティア活動をすることだけでなく、「この震災のことを風化させず、伝え続けること」だと考えています。人の記憶は、新しいことが起こるたびに次々と上書きされてしまいます。しかし、被災者の方々が口をそろえておっしゃっていた「逃げたら絶対に戻るな」「今のうちから自分の住んでいる地域の海抜や避難場所を必ず確認しておくこと」など、大災害を経験した方々が私たちに教えてくださったことを、周りの人に伝えて実践に移していくこと、そして、「東日本大震災のことを忘れない」ことこそが、私にできる最大の事なのではないかと思います。私は、被災地支援活動に参加することができ、本当に貴重な経験ができました。

話は変わりますが、先述したように私は今、看護師になるために大学へ通っています。私が看護師になりたいと思ったきっかけは、認知症や慢性的な疾患を抱える祖父と同居する中で、祖父に関わる様々な医療・福祉従事者の姿を見て、中学生くらいの時から漠然と身体に困難さを抱えている人の役に立てるやりがいのある仕事がしたいと思ったことがきっかけです。しかし、今までの3年間半での勉強や病院での実習を通し、様々な患者さんや在宅で療養している方と接する中で、身体に障害や疾患のある方に寄り添うというのは、言葉では簡単そうですが、その人の不安や苦痛を緩和しながら寄り添う必要があるため、実際はとても難しいことを学びました。患者さんに、“笑顔や感謝の言葉を期待しすぎてはいけない”ことを痛感した時もありました。しかしその中でも、自分の声掛けや、看護実践で、患者さんの身体や心に徐々に変化が見られたときや、良い反応が得られたときは、とてもやりがいを感じることができました。

私は、一人一人の患者さんに対し、性格や症状などに合わせたコミュニケーションをして、患者さんの体験や語りを大切にした看護師になりたいと思っています。また、今年は、大阪や北海道での大地震や豪雨被害、異常気象など、全国各地で甚大な被害をもたらしました。住宅、そして病院でも停電や断水が起き、治療している患者さんにも多くの影響が出ているとニュースで聞きました。このニュースを見て、非常時に、不安や恐怖を抱えている多くの患者さんを中心に臨機応変に対応しながら、少しでも安心づけて寄り添えるような医療者になりたいと強く思いました。しかし、そうなるにはまだまだ知識も経験も未熟です。ただ、3度の被災地支援活動に参加して得た、勉強できる環境、経験を積める環境があるというありがたさを忘れず、そして生かされている命に感謝しながら、これからも「向上心・謙虚な気持ち・感謝の気持ち」を胸に精一杯努力していきたいと思います。

最後に、私の通っている大学の理念についてお話ししたいと思います。私の大学の理念は「生命の尊厳と隣人愛」です。隣人愛とは、“隣の人を愛す”と書きます。この言葉の意味は、自分のことを愛するようにあなたの隣人を愛しなさい、という意味です。こう聞くと、“隣の人に優しくしなさい”という意味であると思うかもしれません。しかし、実際には、“人の不安や苦痛、悲しみを理解して、背負いながら共に生きる”という意味なのです。私はこの意味を知ったとき、隣人愛はとても難しく、そして素晴らしい事であると思いました。そのため、今後隣人愛のように、人の不安や苦痛、悲しみを共感できる精神をもった人間になることを目標にしていきたいと思っています。         長くなりましたが、ご清聴ありがとうございました。

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2018-10-03T01:33:24+00:00 9月 30th, 2018|